my life as an experiment

わたしの世界はわたしそのものなのか.

my life and his life

先日、愛犬が虹の橋を渡った。

 

4月の後半あたりから、小康状態というか

やや穏やかに過ごせる日々が続いていた。

今後のことに、とても期待していた。良い風が吹いてるような気がした。

少しすると、自力で立ち上がるのが困難になった。

 

介助したら立てるだろうか。

色々と試す余地はありそうだ、と母親と話していた。

何せ食欲はばっちりあるし、生活リズムも整っており、

消化器官に不具合は全く見られない。

リハビリ的なことをしたら、どうだろうか。
マッサージは、どうだろうか。

抱っこが容易になってきたので、カートに乗せておさんぽだ。

昔よく行った公園にいこう。自己満足かもしれないけど、外の空気を嗅がせよう。

そんなことを話してる内に、少しずつ愛犬はおとなしくなっていった。

往診に来てもらった先生が、ある検査をしてくれた。

新しい病名の診断を受けてしまった。

それは難しいし可哀想な病気だそうで、

病院からの帰り道、震えながらワンワン泣いた。

次の日、兄とお嫁さんが愛犬に会いに来た。

その日の晩御飯はいつもと変わらず、ガツガツと食べたらしい。

ただし、初めてなことぐらい、夜泣きがひどかったそうだ。

父親が深夜までつきそった。仕事があるので母親と交代。

 

そして朝になり、母親からの連絡がありタクシーに飛び乗った。

愛犬は少しだけピクンピクンと震えていた。

たくさん声をかけた。優しく優しく撫でた。

あまり頑張らなくていいよ、ただ、ラクにね。ラクにしていてね。

そう声をかけたら、アウアウと小さく声をあげた。

そうして、いつの間にか息を引き取った。

私が家について10分くらいの出来事だった。

待っててくれていたように思えてしまう。

 

病気の進行よりも先にお迎えがきたのだと思うよ、と

先生は今までにない優しい声で言ってくださった。

 

この数ヶ月間、しんどい思いをたくさんさせてしまった。

自分の体になにが起こってるのかわからず、

不安で怖くて辛かったと思う。

でも、愛犬は、必要以上に私たちに頼ろうとすることなく

最後の最後まで自分のことは自分で。というかんじだった。

本当に誇り高い犬だった。

 

たまに、うまく立てない時などに、

ウワァアアンと大きな声で鳴いていたという。

私はその声を聞いてはいないのだけど、

想像するだけで、胸が痛い。

 

この数ヶ月間であったいろんな症状、

これから進行したら大変だったであろう病気、

見えないくらいくらいトンネルの中を歩いているような気持ち、

それらをすべて すべてひっくるめても

まだもっと一緒にいたかった。だなんて。

まったく意味がわからない気持ちになってしまう。

 

苦しむ愛犬の姿を見ているのは、生きてきてなかで一番辛い時間だった。

 

父は、亡くなった愛犬をやさしくやさしく撫でながら

「もう、しんどいのは終わりやでー。しんどいのは終わりやー。よかったなあ」

と声をかけてあげていました。

 

よかったなあ、本当によかった、

だけど、

会いたい。

会いたいよ。

 

どんなにしんどくても、

投げ出すことなく、生きていた彼の姿。

嫌なことは嫌とはっきりと意思表示はするけれど、

でも、それと信頼や関わりは違うところにあったと思う。

どんな状況でも、彼は、まっすぐに私たちを信じて、

関わりともつことを求めていた。

その姿が。

愛しくてたまらない。